即興ダンス[森本紀久子 個展]

2016年6月24日 @画廊ぶらんしゅ(大阪府豊中市)

美術家 森本紀久子の個展にて行った即興ダンス


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森本 紀久子

2014年、北鎌倉のポラリスに白い曼珠沙華が咲く時、私は、その原生林に「赤い鳥」を飛ばし「赤い道」を敷きました。その道を裸足で、全身緋色の友紀さんがもつれた赤い絹糸に大きな銀の鈴をガランガランと引っ張りながらゆっくりと登ってきて、”結界“の手前で苔むした木に赤い糸をからませて あやとりするように踊り、聖域ポラリス能舞台に何故か私の声での”許可“を求めて上がりました。そこで、私の作品の「鳥の柱」や「蓋」と戯れて踊りながら、奥の暗黒の土室へと降りていきました。そこでは、ブラックライトで、透明な火の塊として浮かび上がる私の作品「緋の棺」の周りでひとしきり激しく踊っていましたが、やがて、踊りながら、棺の中へと入っていき棺と一体になりました。そして今、私は、<2016年6月24日、滝のように雨が降る時の事>を残しておきたいと思いました。画廊ぶらんしゅ<空へ>の個展3日目のことで、友紀さんは、私の新作達と一体化して踊っていたことを・・。


呼応の仕合わせ   古川 友紀

ギャラリーぶらんしゅで、白い彼岸花の鉢植をもらう、という約束を森本さんとしていた。不思議とお彼岸の時期にあわせて、ぴゅーっと伸びる植物。 私は鉢植を受け取る。 ぶらんしゅの壁には、すでに森本さんの絵が咲いていて、めしべやおしべや花粉が部屋に充満していた、風も吹いていた。 私はそこで踊ることにした。お礼に!とかこつけていたけれど、もっとそこに近づきたくなったのだ。 森本さんのほっぺたは、丸く、盛り上がっていた。 私のほっぺたも、きっとそうなっていたかもしれない。 翌朝、森本さんから電話。 昨日とおなじその場所で、写真家の松原さん、偶然で必然の立会人のもと、ふたたび踊ることに。ふたりのほっぺたは、言うまでもなく……。 かんばせは、人生の企てのすえにいたる造り。とても愉快だ。